バスケットボールの雑学
バスケットボールで大事なこと
高校女子バスケで最強の桜花学園高校の強さのワケから、バスケットボールで大事なことを考えてみましょう。
まずは食事とトレー二ングで体をつくることです。
バスケは、けっこう体がぶつかり合うものですから、食事でエネルギーを補給しないといけません。
いくら身長が小さくてもディフェンスができればいいのですから、力強いディフェンスのために体をつくりましょう。
そして、ケガをしない体作りを取得させ、徹底させるために細かく選手の身体の動きをチェックします。
そして、大事なのは生徒の人間性を重視することで、上下関係を作らないでパワハラをせずに指導することです。
マンガ、スラムダンクのモデル、能代工業高校の強さ
秋田県の能代工業高校はマンガ、スラムダンクのモデルとしても有名ですが、実際に強豪校でした。
この高校の事は市を挙げても応援していまして、能代駅に設置されたバスケットゴールは有名です。
何と、停車中にフリースローに成功すると記念品がもらえるというのですから、その力の入れようが良く分かります。
「オールコート・攻守の切り替えの速さ」は能代工業高校を1996年から3年連続で三冠達成の偉業を成し遂げた加藤廣志氏のやり方です。
当時の小柄な選手を使ってのこの偉業は、目を見張るものがありました。
チームを引っ張った主力は1年生の3人で、そのうちの一人は有名な田臥雄太選手だったのです。
夢をかなえた田臥雄太選手
田臥選手は、日本人初のNBAプレーヤー。
親の影響もあり、小さい頃からバスケが大好きだったそうです。
中学生の時にNYでNBAの大スターのパトリック・ユーイング選手とCM出演をしたのは有名です。
バスケの神に愛された選手なのでしょう。
高校は能代工業高校で、あの最強伝説をつくったひとりでした。
ハワイの大学では、ケガで思うようにプレイできなかったこともありましたが、夢をあきらめずに追いかけ、大きな夢を達成したのです。
その背景には能代高校バスケ部で培ったものがあったのかもしれません。
日本人初 アメリカでオールスターに選出! 中川和之選手
山口県下関市出身のプロバスケットボール選手の中川和之さんを、ご紹介します。
ポジションはポイントガードで、双子の兄直之氏とともに小学校からバスケットボールを始めたそうです。
中学校では都道府県対抗バスケットボール大会でベスト8入り、優秀選手賞を受賞し、将来を期待された選手でした。
全国中学校バスケットボール大会では準優勝を勝ち取った上に、優秀賞を受賞し日本全国に中川兄弟の名前を知らしめたのです。
兄と共に豊浦高校でも、すばらしい成績をあげました。
インターハイでベスト16入り、NIKE BASKETBALL CAMPでは日本人唯一ベスト5に選出されて話題にもなりました。
専修大学に在学中に渡米し、独立リーグABAのチームに入団しました。
田臥雄太選手とチームメイトになったのです。
その後はNYのハーレム・ストロングドッグスに所属して、日本人で初めてABAのオールスターに選出されました。
何と、本場アメリカで認められたのですから、ものすごいことなのです。