体操の雑学

ラジオ体操にまつわるエピソード

ラジオ体操に思い出があるという人は多いのではないでしょうか。
夏休み、小学校の校庭に集まって皆でラジオ体操、カードにハンコを押してもらい、夏休みの最後の日にご褒美がもらえたりなど、微笑ましくて懐かしいエピソードって人それぞれあるかと思います。

ここにご紹介するのも、ラジオ体操のエピソードです。
ラジオ体操は1928年、アメリカの体操番組の影響を受けて、放送がスタートされ、国民的な人気を得ました。
ここで、少々面白いエピソードがあるのです。

当時、アナウンスを担当していたのは元軍人のアナウンサーで当初はラジオだからということでパンツ1枚という格好で放送していたのですが、昭和天皇の第一皇女成子内親王が熱心に聴いていると知り、燕尾服、蝶ネクタイ姿で放送するようになったそうです。
何とも時代を感じさせるアピソードになります。

もう一つのエピソードは1951年から現在も放送されている「ラジオ体操」の曲についてです。
第一は皆さまご存知の服部正さん作曲のゆったりした優しい曲調ですが、第二は日本を代表する作曲家の團伊玖磨の作曲でアップテンポノリノリの曲で体操のポーズもガッツポーズがあり、ポップ調になっています。

2020年のオリンピックも期待したい

「ツカハラ」「モリスエ」「ヤマワキ」「TANAKA」「シライ」という言葉をご存知でしょうか。
体操の技に使われているのはこのように日本人の名前が多いものです。

この技の中の一つである「シライ」をご紹介しますと、この
技は2013年に白井健三選手が成功させたものです。
当時から「ひねり王子」として注目されていた白井選手は2013年に国際大会で「後方伸身宙返り4回ひねり」を世界で初めて成功させました。
以来、その技は「シライ」と命名されました。
技に命名されるなど、すばらしいことですから、同じ日本人として、誇らしいものです。

白井選手はリオデジャネイロオリンピックでも活躍した選手で日本の期待の星。
2020年の東京オリンピックでもさらなる活躍が期待できそうな選手の中の一人です。
実は、日本の体操は紆余曲折の歴史があります。
過去に「日本のお家芸」と言われたほどにメダル続きだったのが1960年のローマ大会の団体優勝後の20年間でしたが、その後は不振続きになってしまったのです。

しかし、その不振を払拭させたのがアテネ五輪でした。
以来、日本は再び体操は日本のお家芸になったのです。
アテネ以来はメダル続きですし、リオ五輪の感動もまだ、記憶に新しいものでしょう。

このようにすばらしい選手が次々と出てくるのには体操の歴史も関係あるかも知れないと思い、調べてみましたところ、日本の器械体操にはかなりの歴史がありました。
何と江戸末期から藩の新兵訓練に使われた器械体操があったそうです。
こう考えますと、先祖から受け継いできたものも大きかったのでしょう。
今後の日本の体操界に期待したいものです。